【「空飛ぶ自動車」の制度検討を急げ】  

2019.3.31

常務理事 / 日本中小企業共同事業会~新鋭の匠 理事 千田 泰弘

1.世界の動向
 「空飛ぶ自動車」はNASAが2003年に都市交通の渋滞解消に役立つ新しい航空機の概念として提唱して以来、技術開発と並んでその社会的な意義の研究、市場性、法規制の検討が進められてきた。垂直に離着陸でき、自動操縦で飛行する超小型航空機という概念であり、空を飛ぶことのできる自動車ではない。一般的にはUrban Air Mobility(UAM)と呼ばれ、欧州政府では都市交通、環境、産業構造転換のための政策としてUAMを推進している。UAMは電動化が必須である為、次世代航空機の電動化という航空機産業の構造変化に係る大きな流れの発端と位置付けている。
現在世界には100社を超える企業が開発に参入しており、既存産業界からはドローン産業、航空機産業、自動車産業の順に参入数が多いが、第四の参入群として新しいベンチャー企業群があるが、ドローン産業からの参入に次いで多く、関心の高さを物語っている。
 2017年にはドバイ政府がエアタクシーとしての試験飛行をドイツ及び中国製の機体により開始し、世界に先鞭をつけたが、本年はシンガポールが試験を実施すると発表しているほか、欧州でも欧州政府の推進するスマートシティ・イノベーション計画(EIP-SCC)の一環としてジュネーブ、ハンブルグなど6都市が参加して試験飛行計画を定めることとなっている。米国ではUBERグループ(航空機メーカなど5丁目社参加)が来年末までにダラスにて試験開始を計画するなど実用化に向けた工程表が各国から発表されている。
 一方我が国では昨年6月に閣議決定された「未来投資戦略2018」において初めて空飛ぶクルマの実現を目指すことが明記され、昨年8月には「空の移動革命に向けた官民協議会」がスタートしてロードマップの策定等の作業が始まった。この時点で民間ではすでに4社が参入を発表している。
  今後のUAMの世界市場に関し、昨年ドイツのポルシェコンサルティング社が発表した予測によれば、2025年から本格的な市場がスタートし、毎年の伸び率35%で2035年には200億ドルを超えると見ている。アジアが45%、アメリカ30%、欧州が25%の市場規模としている。

2.技術の課題
 滑走路を必要としない垂直離着陸機(VTOL)には、ドローンで多用されている複数のプロペラを持つマルチロータ型や固定翼とマルチロータの混合型(ハイブリッド機) があるが、いずれも複数のプロペラ駆動のための大出力二次電池あるいは小型発電機(ハイブリッドエンジン)の開発が課題である。大出力二次電池の開発は自動車などの分野で進められており、新素材や新構造などにより重量当たり出力比の改善が進展しているものの、空を飛ぶUAM用としての性能目標はさらにこの比率の大きい(軽くて出力の大きい)技術が求められており、実現までに5年以上の年月が必要との予測もある。
 一方ハイブリッドエンジンの開発は物流などに使う大型ドローン用としてすでにドイツ、オーストリア、イギリス、アメリカ、日本などで始まっており、その動力源は軽量で出力の大きい超小型航空機用ガソリンエンジンや小型ロータリーエンジン、高出力の超小型ガスタービンエンジンなどであるため、二次電池に比べ実用化は早いと考えられており、NASAはUAMの最重要技術として開発促進を呼び掛けている。
 電力を必要としないVTOLとしてはエンジン直結で大型ローターを回転させるヘリコプター型があるが、信頼性、安全性、経済性、騒音、などの観点から電動機に比べ評価が下がる為、世界的にUAMに採用される傾向は少ない。
 このほか機体を安定に飛行させる飛行制御技術、自動飛行するUAMの航空管制を自働で行う航空管制技術などの開発が必要である。またこれらの技術を使えるようにするための法制度の整備が求められており、欧米では検討が進んでいる。

3.法制度の課題
 国際的に民間航空機は安全認証のないものは飛行してはならないという規則があり(軍用航空機にはこの規則は適用されない)我が国では航空法11条にこの定めがある。これに基づき国が安全性を確認し認証(耐空証明と言う)を行う。
 耐空証明がなければ実用に供することができないため、この制度は航空機開発において最重要な外部条件であり、開発スピードや新技術導入などの条件を大きく左右する。米国では2012年に、小型航空機(19座席以下を言う)の開発を促進し、航空機産業振興を図る為小型機の認証制度の簡素化を促進する法律が成立した。これによって民間主導で作った安全規格をそのまま国の制度として採用する「コンセンサスベース」での制度作りが生まれ、スポーツ用の超小型航空機(LSA)の制度が作られ、欧州政府もこれをそのまま受け入れた。同様な考え方によりUAMの場合も民間主導による制度検討が進んでいる。
 欧州政府は昨年11月にVTOLの耐空証明基準を発表したが、ここではVTOLを従来にない全く新しい航空機と位置付け、未完の条項はあるものの、信頼性基準など基本的な条件を提示している。この基準では1人乗りのUAMの重大事故発生確率は小型航空機と同程度としている。
 翻って我が国においてはVTOLの耐空証明の検討は昨年から始まった「官民協議会」の中で今後検討すべき課題とされており議論はこれから始まることとなる。現存するわが国の耐空証明基準はエンジン発動機で駆動する固定翼型やヘリコプター型機に適用で きるものの、UAMが前提とする電気駆動のVTOL機には適用できない。また、欧米のように「コンセンサスベース」での制度作りなど新しい制度作りの在り方の議論もまだ提案されていない。
 海外の制度先進国で製造され、耐空証明を取得した外国製UAMが我が国に輸入されるようになったとき、いまだ我が国の制度が未整備であれば、国内の「空飛ぶクルマ」製造業は苦しい立場に立たされることとなろう。最悪の場合、国内UAM製造事業が立ち上がることが困難となり、我が国が海外メーカの市場開拓ターゲットになり果ててしまうことを危惧するものである。