【日本経済の課題と成長のヒント】  

2019.12.5.

国家ビジョン研究会 代表理事 無尽 滋

 日本経済を復活し強くすることは、米中冷戦の世界情勢の中で国家安全保障上も極めて重要である。そのための政策は色々あるが、紙面の都合上、重要な政策論点に絞り記載する。

(1)国債関係費と社会保障関係費の重しを解放する
 国全体の財政を見てみると、H30年度、一般会計と特別会計の純計(会計の重複を補正した国全体の予算)は239兆円にもなる。その支出は社会保険関係費90兆円(年金55兆円、医療22兆円、生活扶助5兆円、雇用介護少子化3兆円ずつ)と国債費87兆円の合計で実に177兆円(74%)を占めている。肝心の経済を強くする支出は、財政投融資で13兆円、その他32兆円(公共事業7.8兆円、文教科学振興費5.6兆円、防衛関係5.3兆円、食料安定供給関係費1.7兆円、エネルギー対策費1.2兆円、その他事業経費8.1兆円、予備費1.2兆円、その他)で合計45兆円(19%)しかない。7割以上を占めている国債関係費と社会保障関係費の重しを解放することが課題となる。

(2)巨額な個人金融資産の活用
 社会保障のなかで、ここでは金額が大きい年金について述べる。年金は長生きしすぎると資金不足も考えられるが、積立方式への切り替えが合理的である。積立方式とは若い現役時代に払い込んだお金を積立て、老後にそのお金を受け取る仕組みである。 日本年金機構を保険会社とみなせば、現役世代の支払いは一種の保険料とみることができるので前向きに積み立てるようになる。保険会社はその蓄積された保険料と運用益でその人の老後に年金を支払うことになる。しかし現在の年金資産は160兆円ほどしかなく、この金額では運用益で現在の年金支払額を賄えない。その解決策は主に高齢者が保有して使わない個人金融資産の活用にある。個人金融資産は1830兆円という巨額なものであり、その中から160兆円を借りて運用にまわせば可能である(やり方は後述)。合計300兆円程度のファンドがあれば5%の利回りとしても15兆円の益が出るので、現在の税金から年金に回しているくらいの金額を確保できる(ただし、運用が狙い通りに行くことが前提ではあるが、目標に届かなければ税金を使えばよい)。これにより年金に回していた税金が浮くことになる。なお、国債は統合政府(親会社:政府、子会社:日銀)のバランスでは放置しても良いと思われる。いつまでも問題視されるのであれば永久国債も良いかもしれない。いずれにしても国債は経済成長していくと減っていくからである。

(3)流動性の罠の回避と公共投資
 一般には、金利が下がると、お金を銀行に預けていても資産は増えないため企業は設備などにお金を使い景気が良くなるはずである。しかし、人間の心理は先行きの不安感や経済見通しが暗い場合、手持ちの資金を設備投資や消費には回さない方向に動く。金利がゼロ近くになっても、企業の設備投資は行われず、市場は冷え切ったままの状態になる。それは「流動性の罠にかかる」という言葉で説明される。1920年から始まった大恐慌のとき、この流動性の罠にはまったアメリカは、ルーズベルト大統領が「ニューディール政策」を打ち出し、政府主導で大きな公共事業を行い、それによって景気が徐々に上向きになったことは良く知られている。一般的には流動性の罠の状態では金融政策は無効となる。
 それでは政府が公共投資を行うと内需も雇用も拡大して、本当にGDPは上がるのかという問題がある。理論上は、一時的には上がるが、変動相場制(為替レートを市場の需給に応じ決める)では一時的な景気浮揚も相殺されるといわれる(いわゆる「マンデル・フレミング理論」である)。簡単な理屈を説明すると、①政府は公共投資のため国債を発行して市中からお金を集める(市中からお金を引き上げる)、②市中のお金が減り、お金の価値が上がる(逆に金利が高くなる)、③金利が上がるので「円」が買われ「円高」になる、④輸出品の価格が高くなり、輸出産業が打撃を受ける(輸出は約80兆円)、⑤日本経済全体の景気が悪くなり公共投資の効果は相殺される、ということになる。

(4)新たな資金供給(政府紙幣の発行)
 それでは公共投資をする場合、国債のように市中から資金を吸い上げないで資金を作る方法があるかというと、次の2つの手段が考えられる。それが「政府紙幣」や「日銀引受」である。
 政府紙幣はお金を刷れば市中から資金を吸い上げることなく、そのまま財源となる。天皇在位〇周年記念コインなどは5~6兆円そのまま財源になったといわれる。禁じ手と言われる日銀の国債引き受けも同じ効果があるが、即効性があるのは通貨供給量を増大させる政府紙幣だ。政府紙幣は国債とは違い償還不要で金利が付かず債務にならない利点があるからである。日本では硬貨は政府発行であるが、これは国庫の預金を引き当てた上で発行しているが、裏付けのない政府紙幣を無制限に発行すれば猛烈なインフレーションを発生させる危険性があると批判される。しかしスティグリッツも政府紙幣発行を薦める発言をしている。その趣旨は、緩やかに政府紙幣を市場に出せばハイパーインフレを引き起こすことはないし、国債では債務を借り替える必要があるが、政府紙幣はそうする必要がないということである。また会計上政府の債務の一部として計上されることはないし、国家としての格付けも下がらない、と利点を主張している。現在はあらゆる組織枠組みに捉われず、地域通貨や独自紙幣通貨の運用が模索されている。

(5)相続税免除による富裕層資産の活用
 あくまでも緩やかに政府紙幣を市場に出すとなれば、政府紙幣で全の財源を確保するわけにはいかない。しかし日本には国富が3384兆円、企業の内部留保は463兆円、対外純資産は342兆円、個人金融資産は1830兆円あり、米国債も120兆円保有している。この動かない豊富な資金を動かすことがポイントとなる。前述したように、ターゲットは主に高齢者が保有している個人金融資産である。現在、富裕層(相続税を払う人は8%)は毎年日本全体で相続税を2兆円(税収全体の2%)支払って、連綿と被相続人に資産を引き継いでいる。財源確保の方法は、富裕層から相続税2兆円を免除して200兆円(単年度ではない)を借り入れれば、実質1%の負担となるということである。その結果、消費税他の税収100兆円と合わせれば300兆円の財源を確保できることになる。さらに年金不足分を税金で補填する必要がなくなれば、日本経済を強くする戦略的国家投資の財源は豊富に確保できる。要は1%で借りた資金を1%以上で回せばよいということである。

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 先般、産経新聞の田村秀男編集委員をお招きして、「世界は日本の復活を待っている」というお話しを伺った。日本経済再生の鍵を色々話されたが、日本の余剰資金3000兆円を生かし、教育、基礎研究、ハイテク、インフラに投入して成長力を高めるべきだと強調していた。その通りである。日本の一番の課題は議論ばかりしていて「出来るのに出来ない(=やらない)」ことである。